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選挙運動が有権者の心理に及ぼす効果 候補者への好感度は高めないが投票には向かわせる

[ 編集者:広報室  2017年4月7日 更新 ]

 関西学院大学社会心理学研究センターの三浦麻子・文学部教授と稲増一憲・社会学部准教授らの研究グループは、地方選挙における選挙運動と有権者の心理との関係性について実証的に研究しました。街頭演説や練り歩きなどで有権者と近いところで接触していれば、候補者の好感度が増し、候補者への投票につながること、そして、選挙カーによる候補者名の連呼は、候補者への好感度の向上にはつながらないものの、候補者への投票にはつながることが明らかになりました。近所の住民同士の情報交換も投票行動に一定の影響を及ぼしていることもわかりました。
 2015年1月に実施された兵庫県赤穂市の市長選挙の際、有権者へのアンケートで、政治行動や政治的態度、政治に対する意識などを調査する一方、全地球測位システム(GPS)によって候補者一人の選挙運動の空間位置情報を測定し、選挙運動が有権者の居住地にどれだけ接近していたか(近接性)を指標化して分析しました。
 本研究成果は、2017年4月7日に日本社会心理学会の機関誌『社会心理学研究』電子版に掲載されました。

ポイント
市長選立候補の了解を得て研究者が選挙運動に「密着」して、スマートフォンのGPSアプリで選挙期間中の移動・位置情報を捕捉し(図1左)、どのような選挙運動を行ったか(選挙カーでの連呼、街頭演説、練り歩きなど)を逐一記録した。
選挙人名簿からのランダムサンプリングによるアンケート調査を実施して、政治行動や政治的態度、政治に対する意識などの市民の心理に関するデータを収集した(図1右は回答者の居住地に応じて候補者3名のうち誰に投票したかの回答をプロットしたもの)。
有権者の居住地と候補者の選挙運動の近接性は、有権者の候補者への好感度を経由せずに、投票に向かわせる効果を持つことが示された。

1.研究の背景
 選挙における投票は、18歳以上の日本国民すべてに付与される権利です。投票結果は自らの生活に直接反映されますから、とても重要度の高い意思決定場面です。意思決定に際する情報収集において、他者(候補者自身や他の有権者)との関わり、具体的には、候補者の選挙運動に接触したり、家族や近所の住民と話をしたりすることが大きな意味を持ちます。こうした問題意識をもった社会心理学研究はこれまでにもいくつか行われているのですが、ほとんどが国政選挙を対象としていて、より市民生活に密着しているはずの地方選挙に関する研究はほとんどありませんでした。そこで本研究では、有権者が投票に至るまでの過程でどのような他者にどのような形でどの程度接触したかを多層的に測定し、それらが投票への意思決定過程に及ぼした影響について検討しました。

2.研究の内容
 2015年1月に実施された兵庫県赤穂市の市長選挙を対象として、次の2つのデータを収集しました。
 まず、3名の立候補者のうち1名による選挙運動の移動経路と内容を記録しました。第3著者の中村早希(関西学院大学文学研究科)が随行者として参与観察を行い、スマートフォンのGPSアプリで候補者の現在地を10秒間隔で記録し、また、ある選挙運動(例えば、街頭演説)の開始時刻と終了時間を分単位で記録して、GPSデータと対応づけました。
 次に、投票日直後に有権者対象の社会調査を実施しました。赤穂市の選挙人名簿から2段無作為抽出法で抽出した20歳~75歳の2000名に調査票を送付し、908名から回答を得ました。質問項目は、投票の有無と投票した場合は投票した候補者、各候補者への好感度、様々な選挙運動への接触の有無、候補者との関係、地域に対する考え方、政治に関する考え方、個人属性(居住年数、自治会など組織参加の程度)などです。
 2つのデータを結びつけるために、社会調査の回答者の住所を手がかりにしました。まず、候補者の選挙運動の移動経路データと回答者の住所との距離を算出して、「回答者と候補者の選挙運動との近接性」の指標を作成しました。次に、回答者の居住地間の距離を算出して、ある回答者の回答と「ご近所さん」の回答を紐づけることができるようにしました。
 分析の結果、次のようなことが分かりました。まず、候補者への好感度には、社会調査で回答を求めた選挙運動への接触数は正の効果(接触が多いほど好感度が高い)をもちましたが、候補者の選挙運動の移動経路データに基づいて算出した近接性は好感度と関連しませんでした。一方で、投票行動には、選挙運動への接触数と候補者との近接性の高さの両方が関連し、その候補者への投票に向かわせていることが示されました。選挙運動の実施者たちは、選挙カーによる候補者名の連呼が、有権者の候補者に対する好意を増すといういわゆる単純接触効果を経て、集票効果を持つことを期待していますが、少なくとも本研究のデータにおいては、選挙運動が投票に影響するメカニズムは、「有権者に候補者を近しく接触させさえすれば好意を増すことができ、その結果として投票に向かわせる」といったものであるとは言えないことがわかりました。また、「ご近所さん」の回答と紐づけた分析の結果からは、ある回答者の候補者への好感度は、回答者自身の選挙運動への接触の程度のみならず、「ご近所さん」によるそれも一定の影響を与えていたことが示されました。

3.結論
 本研究の意義は、地方選挙における一般有権者の政治行動には、選挙運動との接触や対人コミュニケーションが重要な意味をもつことが示されたことです。しかも、それを空間位置情報データを用いて実証的に示したのはおそらく日本で初めてです。空間位置情報データを用いた研究は社会心理学ではまだごく少ないですが、政治行動に限らず、人間の心理や行動に日々暮らしている環境が一定の影響をもつことは明らかです。スマートフォンを用いてごく簡便な方法で収集できることからも、今後の研究の発展が期待できます。

図1 GPSで捕捉した候補者の空間位置情報(左)、投票行動に関する社会調査結果(右)

図1 GPSで捕捉した候補者の空間位置情報(左)、投票行動に関する社会調査結果(右)

論文タイトル

三浦麻子・稲増一憲・中村早希・福沢愛 (2017). 地方選挙における有権者の政治行動に関連する近接性の効果:空間統計を活用した兵庫県赤穂市長選挙の事例研究. 社会心理学研究, 32(3).